200人を超える木彫刻の職人が暮らすまち。
そんなにたくさんの職人さんが、ひとつのまちにいるだなんて
まるで遠いむかしばなしのように聞こえますが、これは今のお話。
富山県南西部に位置する、南砺市。
井波はその南砺市にある、人口8000人ほどのまち。
山あいにあるこの小さなまちは、日本有数の木彫刻の産地です。
8000人のうち200人。
単純に計算すると、この町に暮らす40人にひとりが木彫職人。
学校で同じクラスになった子が
「わたしの家族に木彫職人がいる」
と言うのは、この地域では珍しいことではありません。
ここでうまれる木彫刻品は「井波彫刻」と呼ばれ、
国の伝統的工芸品の指定も受けています。
数百本のノミや彫刻刀を使い分け、
紙やすりを使わずに ノミだけで
なめらかに仕上げるその精巧さが特徴です。
このまちを歩くと、コンコンと響くノミをたたく音が聞こえ、
いたるところに木彫刻を見つけられます。
たとえば、バス停、表札、お店の看板。
そして軒を連ねる木彫工房。
多くの工房では、通りに面した部屋が作業部屋になっており、
職人さんの仕事を覗き見ることができます。
まるでショーウインドーでの実演制作のようですが、
実は見せるために通りを向いているのではありません。
これは電気がまだなかった時代、最も採光できる部屋を仕事場にした名残。
そのスタイルは昔からずっと変わりません。
井波、そして井波彫刻について語るのに外せないのは、瑞泉寺。
石畳の八日町通をのぼった先にある
そのお寺の正式名称は、
真宗大谷派井波別院瑞泉寺。
本堂は、北陸地方で最大の木造建築です。
室町時代に建てられたこのお寺は
これまでに幾度も火事で焼失し、
そのたびに再建されてきました。
江戸時代、再建のために京都の東本願寺から
御用彫刻師・前川三四郎がこの地に派遣され、
地元の宮大工たちに技術を伝えたのが
井波彫刻の始まりと言われています。
瑞泉寺では、その井波彫刻を随所で見ることができます。
まず入口の山門を見上げると、一匹の龍。
明治時代、瑞泉寺が大火に見舞われたときに
この龍が飛び出てきて、井戸の水を火に吹きかけ、
山門が燃えるのを防いだという伝説に
思わず納得してしまうほど、
今にも動き出しそうな躍動感。
山門をくぐって正面に見える本堂、
左側に見える太子堂。
どちらの建物にも細部にまで彫刻がほどこされており、
一体どうやって彫ったのか想像もつかないほど。
今なお、「迷ったら瑞泉寺に行け」と言われるほど、
井波の彫刻師の方たちにとって
瑞泉寺はお手本のような場所になっています。
井波彫刻で代表的なものは、寺社仏閣をはじめ、
和室の襖と天井との間にはめる 欄間彫刻。
ところが住宅環境などの変化から、
その需要は年々減ってきているといいます。
しかしそれを嘆き、衰退していくのを諦観するのではなく、
井波彫刻の職人技術を身につけながら、
時代に合わせた作品を作る方も増えてきています。
職人気質の、彫刻師か。
芸術家肌の、彫刻家か。
はっきりと分けてしまうのではなく、
この仕事のときは、こっちの顔で。
あの仕事のときには、あっちの顔。
その時々で使い分け
「どちらか片方」と決めていないと
自身で話す方もみられます。
もともと欄間に関しても、お客さんから
「こういうイメージで」といった要望を受け
それに合わせて作っていくスタイルが多かった井波彫刻。
欄間のような高価なものでなくても
「こういうものがあったらいいな」というイメージを
一緒に膨らませて、職人さんとなにかを
作っていくのは、このまちだからできること。
あっちとこっち、
職人と芸術家。
自身の中でいったりきたりできる方たち。
これは、瑞泉寺を中心とした
この土地の歴史や土台が
あるからこそできることかもしれません。
強く縛られるでもなく、
だからといって壊すのでもない。
それは普段、彫刻や芸とは無縁のように
生きている人たちにとっても
大事なヒントを教えてくれているようにも思えてきます。
そんなヒントがあちらこちらで芽吹く
木彫のまち井波、今日このごろです。
文：松倉奈弓
写真：大木賢