「庭も、ものづくりのひとつですね」
そう語るのは、作庭家の根岸 新さん。
根岸さんが手がけた庭が2箇所、
新しく井波にうまれました。
職人に弟子入りできる一棟貸しの宿、
Bed and Craftの新棟 RoKuと
職人のまちのショップギャラリー、
季の実の実店舗。
このふたつの庭のつくり方はまったく異なるそう。
RoKuは、宿泊する方だけが楽しめる特別な庭。
入口に扉がつけられていることもあり
「秘密の花園」的な、ちょっと別の世界に
一歩入り込んだような雰囲気を感じられます。
それに対し季の実は、道路に面するショップの開かれた庭。
「みんなが通る散歩コースになるような
道沿いにある庭は、1年を通して
目で見て楽しめるようにと考えています」
季の実の庭には今後、
実のなる木々が植えられたり
ひと休みできるベンチも設置される予定です。
「つくる庭ごとに、まったく別の庭になるべきだと考えていて。
建物の雰囲気とか、まわりの環境。
家なら、そこにどういう方が住むのか、
お店や施設なら、どういう方が来るのか。
そういうものに合わせて、つくるべき庭が
それぞれあると思っています」
庭というと、草木や花が茂っている様子を
思い浮かべますが、根岸さんは
「植物を植えるのは、庭づくりの中で最後の作業。
その前の時点で、庭を完成させたい」
と話します。
そうしないと、植物があまり咲かない冬の時季、
庭が何もない状態になってしまうから。
特に根岸さんがこだわるのは、足元。
RoKuと季の実があるこの建物は
かつて、まちの診療所でした。
元々この場所にあった大小さまざまな形の石や
瓦、塀の石、そして地下にあった甕や火鉢。
ここから発掘されたあらゆるものたちが
生まれ変わったRoKuの庭で、新たな表情を見せています。
季の実の庭の足元には、
石だけでなく、鉄道の線路に使われた枕木や
レンガがショップの入口まで導いてくれる、
辿るだけでわくわくするような道ができました。
「こうして作り込むことで、庭に対する想いが込められます」
植物があまり咲いていない季節のことを考えつつも、
夏に見ごろが来るのがいい庭だと続けます。
「庭のありがたみを1番感じるのが
暑い時季かなと思います。
草丈が高くなり、植物が最も生き生きしているのが、夏。
木陰があり、さらに花が咲いて。
夏に庭を心地よく感じてもらえたら、
つくった甲斐がありますね」
自然のままの樹形の木を組み合わせる根岸さん。
空に向かって放射線に伸びる、今はまだ細い木々の枝が
来年の夏には、気もちのよい木陰をうみだしてくれそうです。
「元々『つくる』仕事をやりたいと思っていました。
庭を『つくる』仕事もあるんだと思い立ち、
富山市の職藝学院に通い造園の基礎を学んだ後、
東京で就職し、また富山に戻ってきました」
出身地である埼玉県を離れ、富山を選んだのは
地方での生活に興味があったことに加え、
職人の方たちが先生となり、実践に近い授業を
受けられる職藝学院の教育環境に魅力を感じたから。
東京での修業期間を経て、職藝学院での先輩に誘われ
富山県上市町に。富山県内でのお仕事の中で
つながった人とのご縁もあり、今は井波に
ご自身の造園設計事務所を構えています。
「山が庭づくりのお手本なので、
近くに山がある環境は得だと思いますね」
よい人間関係ができたことと、
お手本である山が身近にあるこの土地の環境が
移住の決め手だったと話す根岸さん。
木彫刻を中心に職人さんの多い井波は
その職種は違えど、刺激がたくさんあるとも続けます。
お話を聞いている間、蝶やトンボたちが
気持ちよさそうに、庭の植物の間や水辺を
飛び回っていました。それを見て、
「いろんな生きものたちが来てくれて嬉しい」と
根岸さんは目を細めます。
RoKuの庭で印象的なブランコがぶら下がる
大きな白樫の木は、診療所だった時代の
50年ほど前に、近所のおばあさんが
寄贈された小さな苗木が育ったもの。
季の実にも、ヒイラギモクセイをはじめ
前から生えていた木がそのまま使われており、
随所に当時の記憶が残っています。
庭に植える草花を決めるにあたって、
植える時期、花が開く時期をまとめた
計画表も見せていただきました。
植える場所は、土をいじったり石を動かしたりしているときに
日の当たり方などを実際に庭で感じながら決めるそう。
植物が根付くまでには1年程かかるので
それまではしっかり手をかけてあげる必要があるそうです。
根岸さんの庭づくりはまだまだ続きます。
木々も草花も、これからどんどん成長し、
診療所だった記憶の上に
さらに新しい記憶をかさねていく。
ここが、庭とともにどんな場所になっていくのか。
今からとても楽しみです。
文:松倉奈弓
写真:大木賢