季の実の店内には
蓮の花が咲いています。
咲かせてくれたのは
仏師の石原良定さん。
ひとひらの花びらを
お皿に見立てた、豆皿。
節くれ立った木の枝のような茶杓と
花びらをセットにした、茶道具セット。
茶道具セットの花びらのほうは、
茶則として茶筒から茶葉を取り出し
急須に移すときに使うことはもちろん、
お皿としても使えます。
「仏像を彫っていると、
同時に蓮の花を彫る機会も多いんです。
仏像の台座は、蓮台(れんだい)と呼ばれ、
花弁を一枚一枚、くっつけて制作します」
この作品がうまれた背景は、
石原さんが担当作家をしている
井波にある一棟貸しの宿、
Bed and Craft “TenNE”の
とある一室にありました。
“TenNE”の2階、寝室のさらに奥、
「瞑想部屋」と呼ばれる部屋。
まるでにじり口のような扉を引くと
その正面には、水の中から
浮かび上がった蓮の花が
一輪、凛と佇んでいます。
「設計時から、建築家の山川智嗣さんに
『不必要な部屋をつくれないか』と尋ね、
この部屋をつくってもらいました。
たとえばホテルなどの宿泊施設って
機能としてはすごく充実してますよね。
必要のないものはない、というのが
一般的なんでしょうけど、
ここが一棟貸しの建物だと聞き
それなら、こういう場所を設けたいと」
瞑想部屋と名前はついているものの、
ここでどう過ごすかは宿泊した方の自由と
石原さんは続けます。
「井波に来て、宿泊して。
普段は体験できないことをしてもらうと
考えたときに、遊びのようなものがあったら
面白いんじゃないかなと思って。
この部屋の中では、本を読んでも
ゲームをしても、電話をしても、
なんでもいいけど、
井波で体験したことをこの中で
整理してもらえたらいいですね。
使ってもいいし、
使わなくてもいい。
でも、使ったほうが面白い。
機能性重視じゃなく
泊まってくれた人との対話のような、
そんな関わりを大切にしたかったんですよね」
普段、仏像制作のときの蓮台は
もっと花弁の枚数は多いそうですが、
この瞑想部屋の蓮の花は
一枚ずつが、よりきれいに見えるように
少ない枚数でつくられています。
「蓮の花を彫ると、
曲線がすごく美しいんですよ。
このなめらかな曲線が
気を鎮めるのにもよい形だと感じています」
蓮の花が開いている様は、
両手の掌でそっと包み込んでいる
イメージも含んでいるそう。
初めの印象は、繊細。
でもじっと見ていると
その中にやわらかさと
高潔さ、さらに、一輪でも
咲き続ける強さを感じられます。
「この作品には
『心光(しんこう)』と
作品名をつけました。
この部屋の中で
心の中のちょっとした光を
感じてもらえれば。
そんな想いを込めています」
使っている材はヒノキ。
仏像制作にもよく使われる材です。
豆皿と、茶道具セットにも
同じくヒノキが使われています。
豆皿は、持ち上げると
まるで持っていないかのような
軽さに驚きます。
「この綺麗な曲線は、
生活の中で使っていても
いい気分になるんじゃないかなと
思ってデザインしました」
石原さんがそう話すように
指の腹で思わず撫でたくなる
花びらの縁は、つるりとなめらかで
ノミだけで仕上げたとは思えません。
茶道具セットで使われている
もうひとつの材は、ヤマザクラ。
時が経つにつれて、木が飴色に変化していくそう。
「サクラは、日本人の生活の中に常にあり、
日本人の感性にもすごく合う木ですね」
茶則と対になっている茶杓は
あえてでこぼことした仕上げにしたといいます。
まるで枝を、木からそのまま
ぽきりと折ってきたようですが、
手に持つとすっとなじみます。
この蓮の花を手元に置いて
こぽこぽと熱いお茶を淹れる。
豆皿にひょいとお菓子を乗せて
ぱくりと食べる。
日常生活の中で、瞑想することは
なかなかできないかもしれませんが、
それだけで心落ち着く時間をつくれそう。
「この茶杓で、お茶じゃなくて
粉のコーヒーをすくってもいいのかしら?」
と以前尋ねられたことがあります。
瞑想部屋と同じように
どう使うかは自由です。
生活の中に一輪、蓮の花を咲かせてみると、
なにかがちょっと変わるかもしれません。
文:松倉奈弓
写真:大木賢