職人の町のショップギャラリー

電笠が描かれた暖簾、それがトモル工房の目印です。

井波の一角に木彫と漆の工房を構えているのは、
木彫家の田中孝明さん、漆芸家の早苗さんご夫妻。

孝明さんの木彫作品は、どれもやわらかい曲線が印象的。
ノミだけで彫り出される人形はとてもやさしく、
思わずその輪郭を撫でたくなります。

早苗さんの漆のうつわは、
あでやかな色がはっと目を引くも、
日々の生活にもなじむ質感。

欠けてしまったうつわを漆で直す、
金継ぎ教室も主宰しています。

暖簾をくぐると、
ここでつくられた作品たちが並んでおり、
その左手には孝明さんの工房。

早苗さんの漆部屋は2階にあります。
1階の奥では、木のスプーン作りや金継ぎの
ワークショップができるようになっています。

大正15年に建てられた町家古民家。
もともと漆屋を営んでいたお宅へ、
知り合いの方の紹介によって
田中さんご家族は2007年に越してきました。

「工房部分は、ほぼこの町の材料でできている。メイドイン井波です」
と笑いながら話してくれた孝明さん。

残されていた棚をそのまま使ったり、
足りないものは自分たちで作ったり、
さらには近所の方から不要なものをもらったり。

たとえば、ショップカードなどを置く棚として使っているのは、
実は隣のお宅の車庫に眠っていた階段。
でも階段だと言われなければ分からないほど、しっくりなじんでいます。

そして建具は、漆屋さん時代のまま。
塗りなおしもしていないとのことですが、
黒の漆がどれもまだつやつやとしています。

早苗さんも
「大きく手を加えたのはワークショップ用のスペースと水回りだけ。
新しいものを買うより昔のもののほうが、
時間を経てきたからこその良さがあって、
それは何にも代えられません」と話してくれました。

そもそもなぜ井波に?と尋ねました。

「高校卒業後は物を作る仕事をやりたいと伝えたところ、
井波のことを紹介されました。
インターネットであらゆる情報に簡単にアクセスできる今と違い、
昔は提示された道以外の選択肢はほとんどなく、即決でした。
他のところも見ず井波にやってきて、この道に入りました。」

5年の弟子入り期間と、そのあと1年半ほどのお礼奉公を経て、独立。
独立後に構えた工房は今の場所から少し離れた別のところで、
さらに工房名も「トモル工房」ではなく「木彫田中」だったそう。

早苗さんは高岡短期大学で漆工芸を学んだ後、
千葉で寺社仏閣の修復をする会社に就職。剥落の修復や彩色、
金箔押しもそこで覚えながら4年ほどそこで働いたのちに
短大時代の担当教官をたよりに井波へ。

「『着替えと布団と漆の道具以外はすべて手放して来い』と
言われるままに転がり込んできました。
金沢にある卯辰山工芸工房の漆芸科に井波から通っていた時期もありました。」

「今の工房の場所に越してきた当初は、
まだ『木彫田中』のままでした。」と続ける孝明さん。

その当時、出産、育児で忙しくしていた早苗さんも、
細くとも漆のお仕事は続けており、連名で使える工房名をと考え始めます。

そして「小さな明かりではあるけれど、ちゃんと灯して、
少しずつ外へ発信していこう」という意味を込め、
「明かりが灯る」トモル工房という名前に。

おふたりとも古いものが好きなのでそこを意識し、
電笠をロゴにすることに決め、
さらに工房名のフォントもご自身でデザインされています。

また、入口にかかっている暖簾は、
早苗さんが卯辰山工芸工房で再会した短大時代のご友人が、
柿渋の型紙染で作ってくれたそう。

今の場所に越してきたとき、
井波のまちなかに新しく人が越してくるのはとても珍しいことでした。

井波には春によいやさ祭と呼ばれるお祭りがあり、
その中の出し物で小学生の女の子が屋台で踊る「踊り屋台」がありました。

少し年齢は低かったものの引っ越してきたばかりのおふたりの娘さんが、
踊り子として今工房がある地区の踊り屋台に参加することができたのです。

その後、踊り子・屋台の引き手不足で踊り屋台は
残念ながら廃止されてしまいましたが、
田中さんご家族が町に入ってくることで周囲がとても喜んでくれ、
「明かりが灯る」この工房が、
これからは周りの方たちを迎え入れる場になったらいいと
考えるようになりました。

独立後しばらくは、自信もまだあまりなく小さいものばかり作り、
親方からわけてもらった仕事などで
なんとか生計を立てていたと当時を振り返るおふたり。

「もうこれで終わりだ、やめよう」とお手上げ状態になると、
その直後に仕事の依頼や展示の誘いが入り、
「見えざる手」に助けられてきたと笑います。
でもその「見えざる手」はもちろん、
一生懸命やってる人のところにだけ伸びてくるものです。

10周年も過ぎた今改めて、
これから先のトモル工房を「こういうふうにしたい」といった
イメージがあるかお聞きしました。

孝明さんが井波で弟子入りしたばかりのころに受けた
取材のことを思い出し、話してくれました。

「その当時、弟子入りすることが富山県内でもすでに珍しいことで、
将来の夢はなんですか?とインタビューされました。
そのときに自分は
『井波のメインストリートに自分の工房を持つことです』と答えていて。
それを、いろんな方とのつながりで叶えることができた。
そこでじゃあはい次って言われても、今でもまだ、すぐには難しい。」

早苗さんはこう続けます。

「人には役割があると、最近よく思うようになりました。
自分たちの役割はなんだろうと考えたら、
それはやっぱり、漆なり、木彫なり、素材を通してものを生み出していくこと。
生み出すことが過去ともつながり、未来ともつながる。
黙々と自分のすべきことをして役割ををきちんと果たしてさえいれば、
周りが気づいてくれます。」

早苗さんの「役割」という言葉に、孝明さんも頷きます。

「自分の役割をもって周りに応えていく中で、
次の新しいことがうまれ、今度はそこに向けて、
またすべきことを続けていく。
それが町への恩返しにもつながる」

「人に伝えなきゃ、知ってもらわなきゃ、
という気もちが強くなりがちだけど、
発信することに力を入れてしまうと、
作ることができなくなる。

作れないと、今度は伝えるものがなくなってしまい本末転倒。
結局、自分にできることしか自分はできないから、
作る人はひたすら作る。
そこに返るので、これからも作り続けていきます」

話題がこれからも続く未来に移ったところで、
2019年夏に孝明さんに弟子入りした、
黒子萩平さんからも話を聞くことになりました。

黒子さんは栃木県出身で、
井波に来る前は注文家具を扱う家具工房で働いていました。

仕事が終わったあとに工房に残り木工品を作る中で、
木彫への興味が大きくなったそんなときに読んだ
『手づくりする木のカトラリー』(西川 栄明/著・誠文堂新光社/出版)に、
孝明さんによる木のスプーンが掲載されていました。

ノミだけで仕上げる井波彫刻に興味を持ち、
トモル工房を2019年4月に訪れます。
同年6月に京都で開催された孝明さん早苗さんの二人展にも足を運び、
そこで弟子入りしたいと願い出ました。

しかし、孝明さんは今まで弟子をとったことがなく、
いったんは保留にしたものの、
その二人展の搬出後京都から井波に帰る道中に黒子さんから
「職場に辞めることを伝えました」との電話。

初めて工房に来てから4か月で弟子入りという、
ものすごいスピード感で井波にやってきた黒子さん。

弟子ができたことで、親方である孝明さんにも変化がありました。

「自分は親方になったことがなくて、黒子くんも弟子になったことがない。
お互いにいろいろ模索している最中で、
自分自身は背負うものが増えたことが成長につながると思っています。」

井波で暮らし始め、
トモル工房だけでなく町の人とも関わりを持つことで
黒子さんも気持ちの変化が現れてきたと言います。

「ここに来た当初は、3年ほど修行をしたら帰るつもりでした。
それが今、これから井波に弟子入りしたいと思う人や、
町のために何かがしたいという気持ちも出てきている」

これを聞いた孝明さんは、

「関わったぶんだけいろんな考えと選択肢、
楽しいこと、よりよいことも見えてくる。
その見えてきたことからまたいろいろ考えることで、
自分が思ってもみなかったところに行ける。

この数か月の中だけですでに自分の気持ちにそんな変化が起こるとは、
ここに来る前には想像もつかなかったこと。
そうやって、どんどん成長していけるよ」

とこたえます。

孝明さん自身、弟子を取ることを含め、
3年前には今の自分を想像していなかったと言います。

この3年の間に井波に、職人に弟子入りできる宿 BED AND CRAFTが出来、
孝明さんはTATEGU-YA、
早苗さんはTAËの中の作品をそれぞれ担当されています。

「未来はなにが起こるかは分からない」そう言いながら笑う、
3名となったトモル工房のこれからがとても楽しみです。

文:松倉奈弓
写真:大木賢

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