まちの総合窓口。
そう聞いてぱっと思い浮かぶのはどこでしょうか。
観光客向けの案内所?
でも、観光するのではなく、そこに住みたいと思ったら?
井波には、井波に住みたいと物件を探す方を
まず、まち歩きに誘う不動産屋さんがあります。
瑞泉寺のすぐ目の前にある、小西不動産の
小西正明さんを訪ねました。
間取りや家賃が書かれた紙が所狭しと入口の扉に貼られ、
そこから自分の住みたい部屋を探す。
それが不動産屋さんのイメージです。
しかし、小西不動産の壁に貼られているのは
井波のまち全体の地図で、物件情報は貼られていません。
「まずは井波というまちの良さを知ってもらい、
その上でここに住みたいと思ってくれたら、
初めてそこで『じゃあこんな物件ありますよ』と紹介します。
このプロセスが、きっと本来あるべき姿なんじゃないかな」
小西不動産のホームページでも、物件情報は
少しスクロールしないと見られないつくり。
はじめに井波のまちを知ってほしいという想いから、
敢えてまちの歴史を語ることから始めています。
特に印象的なのが、物件それぞれにつけられたタイトル。
部屋数も場所も分からなくても、
これは一体どんな家なんだろう?と
思わずクリックしてしまいたくなります。
かつてどんな使われ方をした場所だったのか、
この家がある場所は歴史的にはどんなエリアだったのか。
一軒一軒、そこにはストーリーがあることを
改めて気づかされます。
「どうせならわくわくする視点で考えたい」と話す小西さんは、
もちろん「家賃がいくら」や「間取り」という
いわゆるスペックとも言える要素は大切ではあると
前置きした上で、こう続けます。
「今までその建物がどのように使われて、
どんな人が大事にしていて、そしてどうして
売られることになったのか?
といった背景を伝えていきたい」
小西さんは井波で生まれ育ち、幼い頃は、瑞泉寺の境内から
町屋の隙間まで駆け回り、まち全体を遊び場にしていたそう。
大学進学でいったん富山を離れたものの、隣の砺波市の
住宅会社へ就職し、2020年からご実家の家業である不動産業へ。
ご自身の仕事を、「つなぐ」仕事だと話します。
物件と、人。
空き家と、そこを買いたい借りたい人。
古いものと、次に使う人。
以前、元々は彫刻工房だった空き家で蚤の市を開いたところ、
木彫刻師の方々が「これ使うね」と、彫刻刀などの道具を
持って行ってくれたことが嬉しかったと目を細める小西さん。
不動産業とともに骨董店も営んでおり、
人から人へと、ものがつながる場もつくっています。
人と、人。
物件を手放したい人と、買いたい借りたい人。
それに加えて、井波に移住を考えている人には、まちの人。
「まち歩きもだけど、そこで出会った人との接点で
そのまちの印象って決まるんじゃないかなと思い、
アテンドするときに、自分だけでなく、地元の人たちと
会話をしてもらう機会をつくるようにしています」
小西さんオリジナルのまち歩きマップは、
井波のまちなかを歩きながら楽しむ必携アイテム。
ご縁をつなぐ不動産屋さんは
求人情報を教えてあげることまであるそうで、
自分が何屋か分からなくなることがあると笑います。
「まちを案内して、人を紹介して。
まちの総合窓口になるのが、
本来あるべき不動産屋の姿なのかもね」
また、ご自身の不動産業を軸に、地域の方々と
アキヤラボというチームを組み(現在は一般社団法人化)、
井波地域の空き家問題解決にも取り組んでいます。
空き家の所有者の方にセミナーを開いたり
移住希望の方の相談を受けて、その方にマッチする
空き家が出てきたらすぐに紹介してあげたり。
現在の井波の空き家率は10%ほどだそうですが
何も行動しなければ、この空き家率はどんどん
上がっていってしまう危機感があると話します。
「まちと不動産屋の関係は、言わば一蓮托生で
まちが衰退したら自分の仕事も立ち行かないし、
この井波というエリアを盛り上げることが
不動産屋として生き続けることにもつながる」
その活動の中でおもしろいと思ったのが、
不動産の逆ドラフト会議。
今までは、物件ありきで買い手・借り手を
見つけるという流れでしたが、
井波でお店を持ちたいと目指す方を応援し
それに見合う空き家を探すという、まさに逆転の発想の仕組み。
「空き家を更地にしてしまうと
まちが歯抜け状態になってしまうから
解体せずリノベーションなどで再生することが、
そのエリアを守ることにもなると最近思っています」
実際、ここ数年のうちに空き家を利用して
起業する方が増え、まちなかには新しく
パン屋さん、コーヒーショップなどが次々にオープン。
木彫刻師がノミを叩くコンコンという音に
少しずつ、新しい音が加わってきた最近の井波。
土の中から新芽がひとつ、またひとつと
にょきにょきと顔を出すように、井波のまちが
少しずつまた生まれ変わっていくのが楽しみです。
文:松倉奈弓
写真:大木賢